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「500円からエベレスト」 七大陸最高峰を制覇した門司出身の冒険家・西川史晃さんに聞く

 

北九州市門司区出身の冒険家・西川史晃(ふみあき)さんが2025年5月31日、北米大陸最高峰のマッキンリー(デナリ、標高6190メートル)に登頂し、世界七大陸最高峰(セブンサミット)の制覇を達成した。30歳で登山を始め、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)で口座残高が500円になるどん底も経験しながら、エベレストをはじめとする頂を一つずつ越えてきた。挑戦を支えたものは何か、その原動力となる「夢」をどう見つけてきたのか、西川さんに話を聞いた。


「知人から借りているキャンピングカーで暮らしている。ホームレスならぬホームフリー」という西川さん

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登山を始めたきっかけは何だったのですか。

2012年の年末に失恋をして、意気消沈していた自分を友人が登山に誘ってくれました。翌2013年1月3日に筑波山に登り、関東平野が一望できる素晴らしい景色に感動しました。このとき、日本には「日本百名山」という素晴らしい山々があることを知り、全ての山を登ってやろうと、本を買って翌週には雪の積もる伊吹山に登りました。当時30歳。登山家だと思って山に登っていたわけではなく、本格的な登山のスタートとしては、かなり遅咲きでした。

2017(平成29)年10月アフリカ大陸、キリマンジャロ(5895メートル)登頂
2017(平成29)年10月、アフリカ大陸「キリマンジャロ」(5895メートル)登頂

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「エベレストを目指す」と決意するまでに、転機となった出来事があったそうですね。

2つの登山経験がきっかけになりました。一つは、冬の屋久島・宮之浦岳です。雪山としても有名な宮之浦岳。雪が積もって真っ白に輝く姿が見たくて、前日に大雪が降った中、行けるところまで行こうと入山しました。山頂から、さらに南側に進んでいくと、誰もいない一人ぼっちになりました。職場では「できない人間」とレッテルを貼られていましたが、「ここを失敗すると落ちて死んでしまう」「この先をどう進めばいいのか」と、次から次に出てくる課題を自分で試行錯誤しながら踏破できたことで、これまでにない充実感を得ました。この経験から、「自分はできない人間ではない、やればできるのだ」と気がつきました。

もう一つは、「日本最後の秘境」と呼ばれる雲ノ平です。山登りを始めた頃に知り、絶対に行きたいと思っていました。しかし、往復4泊5日が必要で、道具もそろえてければいけません。テントを買って1泊、2泊、3泊と経験を重ねて、2年半で念願だった雲ノ平にたどり着いたことで、「行くと決めたら行けるんだ」と気付きました。エベレストにも登っている人がいる。情報がある。達成できる自分と現状の自分との差を埋めれば「できる」と気付いたんです。

2018(平成30)年8月ヨーロッパ大陸「エイブルース」(5642メートル)登頂
2018(平成30)年8月、ヨーロッパ大陸「エイブルース」(5642メートル)登頂

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環境保護団体の職員だった西川さんが、本格的にエベレストへ向かうまでの道のりを教えてください。

エベレストについて調べていく中で、いきなりエベレストに登ることができないことが分かりました。6000メートル以上の山の登頂経験がないと挑戦できないんです。当時勤めていた環境保護団体の職員では資金的にも難しい。そこで世界に目を向けると「セブンサミット」(七大陸最高峰)があり、着実にステップアップしながらエベレストを目指すためのロードマップを作りました。34歳で団体職員を退職し、35歳でプロジェクト「チームセブンサミット」を立ち上げ、クラウドファンディングなどを利用して資金をつくりました。

エベレスト登山の資金は490万円までは自力で集めました。残りは借金しようと考えていましたが、加古川の知り合いが「企画書を作って持ってきたら」と440万円を出してくれました。仲間に紹介してもらった経営者の協力を得て440万円分の仕事として受注し、「企業の役に立つ事業」としての骨格ができた瞬間でした。

2019年5月オーストラリア大陸「コジオスコ」(2228メートル)登頂
2019年5月、オーストラリア大陸「コジオスコ」(2228メートル)登頂

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そのエベレストも、一度は中止に追い込まれたそうですね。

南米のアコンカグアから帰ってきた年の4月から5月にエベレスト登頂を計画し、資金集めののめどは立ちましたが、コロナ禍でネパール政府によりエベレスト登山は中止となりました。配送ドライバーとして食いつなごうとしましたが、給料が2カ月後で、その間にカードが止まり、口座の残高は500円。38歳でした。

死ぬ気で自分が生きていくので精いっぱい。しかも、エベレストにいつ登れるのかもわからない。夢も希望もなくなったときに、死のうと思って奥秩父の山に入りました。雲の切れ間から晴れ渡る空を見たときに、「まだ生きていける希望があるのかもしれない」と思い、山から下りて2週間で執筆した電子書籍が売れました。仲間からは「500円からエベレスト」というパワーワードをもらって応援してもらいました。「500円になっても、死なない。助けてくれる人がいる」。そこから仕事が入ってくるようになり、道が開けたのです。「お金がなくなっても人は死なない。でも絶望したら人は死んでしまう」。夢や希望を持つことの大事さを実感しました。そして、たくさんの人たちに応援していただき2022年5月、ついにエベレストに登頂しました。

2020年1月、南米大陸「アコンカグア」(6962メートル)登頂
2020年1月、南米大陸「アコンカグア」(6962メートル)登頂

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最後の一座、マッキンリーは2024年に一度撤退しています。

マッキンリー(デナリ)は七大陸最高峰の中で一番難しい山といわれています。2024年の1度目の挑戦では、最も危険な場所とされる「デナリパス」を一人で通過できたものの、登り始めから体重が7キロほど落ちていて、アドレナリンが出ていて身体の限界に気付かないまま登っていたのです。確実に登れると安心して気が緩んでしまい、限界を超えていた身体が悲鳴を上げました。登頂後のことを考えてしまった。また過信です。体がしびれて動かなくなり、呼吸もできなくなって、近くの洞窟に何とか避難しました。そこに運よく、前日に登頂していたガイドが目印の旗を立てに登ってきて助けられました。山頂まであと400メートルで撤退です。

2025年5月、43歳での2度目の挑戦は、「一人で行くと死ぬリスクが高まる」と、知人含めた3人で再チャレンジしました。冒険家の植村直己さんは43歳で(マッキンリーで)亡くなっています。自分と同じ年齢、同じ誕生日です。「必ず生きて帰らねばならない」と決意して臨み、登頂に成功しました。セブンサミットを制覇した日本人は30人程度、多く見積もっても40人はいないとされています。

2022年5月、アジア大陸「エベレスト」(8848メートル)登頂
2022年5月、アジア大陸「エベレスト」(8848メートル)登頂

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七大陸最高峰を制覇した今、次に見据えるものは。

北極点・南極点を目指す「エクスプローラーズ・グランドスラム」に挑戦します。達成者は世界で50人ほど。北緯89度から90度の111キロを歩いて行くことが条件です。体力も気力も充実している今なら、できる自信があります。南極の111キロは現状の自分でも達成することができるので面白くない。どうせなら、南極の海岸から南極点までの900キロも踏破したい。これを踏破したのは過去に4人だけです。5人目を目指していたその中の一人は友人で、植村直己冒険賞も受賞した阿部雅龍(まさたつ)さんです。彼は次の南極冒険を目指していましたが、脳腫瘍で倒れ、そのまま2024年に息を引き取りました。彼が使っていた道具を借りて、現在はトレーニング中です。来年予定するグリーンランド横断などのトレーニングを経て、南極点に挑みます。

2023年12月、南極大陸「ヴィンソン・マシフ」(4892メートル)登頂
2023年12月、南極大陸「ヴィンソン・マシフ」(4892メートル)登頂

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挑戦を続ける原動力は何でしょうか。

全ては「好奇心に突き動かされている」のだと思います。人類が初めて南極の存在を知ったのは16世紀のこと。19世紀にその存在が明らかになり、1911年にアムンセンが南極点に到達しました。何百年も未開の土地に好奇心を持ち続けた人類。衝動を帯びた好奇心が、危険を顧みず探求すること、好きなことを探求することが、人類を前進させてきました。好奇心から生まれる夢や希望がなかったら人類は前進しなくなるということです。今の日本は夢や希望を持ちにくい社会だと思います。自分の夢の体験をシェアすることが、その課題解決になるはずです。

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そもそも、夢はどうやって見つければいいのでしょうか。

最初からエベレストに登りたかったわけでも、セブンサミットを目指したわけでもありません。「好きなことを何度も何度も『お代わり』した先に見えてくる」もの、それが夢です。「夢」と構えてしまうと大きいものを探してしまう。そうではなく、自分の心が踊って楽しいと思えるものを、自分に正直に探すことが「夢」につながります。「お金になるの?」「何のために?」といった雑音を気にせず、「自分がやって、自分が感じる。自分の反応を大切に」してほしい。幼い頃に誰もが夢中になったこと、いつの間にか諦めてしまったこと。そこに手がかりがあります。

子どもの頃、通学路が面白くなくて、周りを探検しながら川を歩いたり、自然の中で遊んだりしてきたことが下地になっている気がします。実家は一族経営の運送業で、運送屋になるものだと思っていましたが、父から「好きなことをしていい」と言われ、いろいろな縛りから「解き放たれた」。その一言が、今につながっています。これだと思ったことをとことん追い続け、10年一所懸命に取り組めば必ず「成せる」という成功体験への確信を持っています。偉業を成した冒険家としてではなく、「夢を追い続ける好奇心の育て方」を伝える講演を続けていきたいと考えています。

2025年5月、北米大陸「マッキンリー」(6190メートル)登頂
2025年5月、北米大陸「マッキンリー」(6190メートル)登頂

 

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西川史晃(ふみあき)さんは1982(昭和57)年、北九州市門司区生まれ。大学で都市工学を学び、ビオトープ管理士の資格を取得して環境保護団体に就職した。30歳で登山を始め、2017(平成29)年に七大陸最高峰への挑戦を開始。2017年にキリマンジャロ(アフリカ)、2018(平成30)年にエルブルース(ヨーロッパ)、2019年にコジオスコ(オーストラリア)、2020年にアコンカグア(南米)、2022年にエベレスト(アジア)、2023年にヴィンソン・マシフ(南極)、2025年にマッキンリー(北米)へ登頂し、七大陸最高峰を制覇した。同年7月、北九州市役所を訪れ、市長に達成を報告した。

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